近い将来起こり得るかもしれないギリシャのユーロ離脱について考える上で、...

学校では教えてくれない株のことを、年平均+30%で運用しつづける管理人がイチからわかりやすく教えています。

アジア通貨危機。タイバーツとドルペッグ制

通貨危機


近い将来起こり得るかもしれないギリシャのユーロ離脱について考える上で、1997年に起きたアジア通貨危機(タイのドルペッグ制離脱)がとても良い教材になるのではないかと思ったので、少し調べてみることにしました。

 

1990年代、アジアの多くの国は自国通貨をドルに連動させる通貨制度[実質ドル・ペッグ制]を採用していました。

その結果、“為替変動のリスクを取らずに投資できる”メリットから、発展途上国であったタイなどのアジア諸国にもアメリカを中心とした潤沢な海外マネーが流入するようになり、設備投資(住宅・不動産など)の増大を通じて経済成長に大きく貢献しました。

ドルペッグ制がユーロ、アメリカがドイツ・フランス、ギリシャがタイと、状況が似てるなぁと思いました。

 

■タイの経済[単位:億バーツ] ※名目GDP、対外債務-億USドル


92年93年94年95年96年97年98年
SET株価指数9631,6821,7531,4721,415858558
実質経済成長率8.08%8.25%8.99%9.24%5.90%-1.37%-10.51%
物価上昇率3.12%4.37%4.67%7.54%4.72%7.65%4.32%
失業率2.80%2.60%2.60%1.70%1.50%1.50%4.35%
名目GDP1,0941,2181,4431,6801,8191,5081,118
貿易収支-2,086-2,299-2,316-3,572-4,217-1,1754,740
住宅ローン残高2,3593,2674,4795,6816,9887,8437,601
対外債務残高4365216481,0081,0871,0921,050

(参考)タイの経済データ集
(参考)人口・雇用・失業率の推移-世界経済のネタ帳

 

しかし、1995年に入り状況が一変しました。

まず、前年に元が約33%切り下げられたことと、ベトナム製品が台頭してきたことにより、タイの相対的な輸出競争力が低下しました。

加えて、アメリカが「強いドル政策」を打ち出し、それまでの緩やかなドル安から、ドル高にトレンドが転換しました。

(参考)実質実行為替レートの推移(日・米・ユ・中) 社会実情データ図録より

 

ドルに連動する通貨制度を採用していた各国は、ドル高の影響で輸出における価格競争力が低下。また、アメリカの景気が失速したことも重なって輸出は頭打ちし、経常赤字は拡大、経済成長も鈍化しました。

※1997年当時のタイのGDPに占める輸出総額の割合[輸出依存度]は33.6%、輸入依存度は36.5%。

また、インフレ抑制や94年に起きたメキシコ通貨危機の不安から外国資本の流出を防ぐため、高金利政策を実施したことで対外債務[ドル建て]も急増してしまいました(経常赤字を上回る資本流入があったため外貨準備は増加)。さらに、金利高騰の影響で国内での資金調達が難しくなりました。

 

ただ、それでもドル高は進行していったので、ドルに連動させていたバーツの価値も上昇していきました。

「これはどう考えてもおかしい・・・。」

 

1997年5月、ついにヘッジファンドがこの歪み(バーツが分不相応に高い水準にある)を狙って利益を得ようと動き出しました。

その作戦は、バーツにカラ売りを浴びせ、タイ政府がバーツを買い支えなくなり(外貨準備が無くなり)、為替レート[1ドル=24.5バーツ]が維持できなくなって通貨を切り下げたところで買い戻し、利ザヤを得るというものです(仮に、この攻撃が失敗に終わっても、バーツがこれ以上高くなるリスクはほとんどないので、ローリスク・ハイリターンの勝負になってます)。

 

結局、この勝負は同年7月にヘッジファンドが勝利。バーツは変動相場制に移行し、それまれでの1ドル=24.5バーツから、一気に1ドル=29バーツまで下がりました。

これを受け、通貨に対する信用不安から外国資本は逆流し、あっけなくバブルは崩壊してしまいました。さらに、バーツが切り下がったことで、対外債務[ドル建て]の支払い負担も跳ね上がり、タイ政府は自力による再建が不可能となり、IMF[国際通貨基金]に融資を請うことになりました。

(さらに、その後もタイ経済の先行き不安から通貨の下落は止まらず、わずか半年で1ドル=50バーツまで下がることになりました。)

 

IMFは融資をする代わりに、タイ政府に以下の条件を要求しました。

経常赤字を、GDP比で97年5%、98年3%以内に抑えること。
付加価値税[VAT]を、7%から10%へ引き上げること。
インフレ率を、97年9.5%、98年5%以内に抑えること。
金融機関のリストラ・自己資本の増強を進めること。
国営企業の民営化を進めること。

 

この緊縮財政を強要した結果、翌98年は-10%を超す経済縮小を記録しましたが、通貨暴落による輸出競争力UPの利を活かして、99年には4.5%の復活を果たし、リーマンショックが起こるまでは同水準の成長を続けていました。

97年98年99年00年01年02年03年
実質経済成長率-1.37%-10.51%4.45%4.75%2.17%5.327.13
物価上昇率7.65%4.32%1.45%0.72%1.66%1.75%2.98%
失業率1.50%4.35%4.19%3.59%3.34%2.41%2.17%
貿易収支-1,1754,7403,0682,7391,3571,4901,868

 

※輸入依存度の高い(36%)タイは、通貨暴落による輸入インフレが心配されましたが、それ以上に国内需要が縮小したのか、将来の成長期待が低かったためなのか、それほど強烈なインフレは起こりませんでした。その結果、アメリカとのインフレ率の乖離も起きることなく、為替レートの水準はほぼ横ばいに推移していきました。

 

今回の内容に関しましては、まだまだ勉強不足であり、今後加筆修正して価値を高めていきたいと思いますので、至らない点はご容赦ください((_ _〃)ペコッ

投稿日:2011年12月22日 21:29
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